2009年01月26日

私が東洋医療を選んだ訳

 私がどうして東洋医療を選んだのか…
西洋医学の治療は、悪いものを叩く事が中心の医療だと思うのです。
一方、東洋医学の方は、患者の持つ病に克つ力を助力する医療だと思うのです。
両者のイメージを簡単に比較すると、西洋の医療は即効性で効果が大きいが、副作用を伴う事がままあるように感じています。

 そして東洋の医療の方は、即効性の物も有りますが、大概は遅効性のものが多いように感じます。しかし、患者の調子を整え、病を克服するきっかけを与える事が主なため、副作用がほとんどみられないようです。

 さらに、西洋の医療は起った病を治療するものですが、東洋の方は日常からの予防にも重点を置いていて、これは素晴らしい事であり、非常に魅力的な点です!
余談ですが、私は中国武術や気功にも興味があり、武術の中にある整法を学び、道場と治療院を一緒に持ちたい…などと夢見ていた事もあったのです(笑)
 
 以上のように、副作用の少なさ・発病を予防するという点と、そんなことで…と思われるかも知れませんが、直感からも東洋医療を選びました(^^)v

 ついでに付け加えますと…どっちが優れていて、どっちが劣っているという考え方は視野が狭く、寂しくも愚かしい事だと思います。
どの状況でどういう方法を取るか……その方法や診方、治療法の1つとして…その時々で、それぞれの最も有効と思われる手段に、西洋医学・東洋医学それぞれを上手に利用する…これが両方の医療の活かす理想的な姿だと思います!


【上の文は、1998年鍼灸学校入学前に書いた原文です】
※補足※ 当時の私は、東洋医療の遅効性が多いと思っていましたが、実際に臨床に携わってきて判った事は、患者さんの心身の状態がすぐに治れる状態か否か等の条件によって、効果の現れる速さが違うという事。「東洋医療は患者さんの治る力が低下してしまっているのを、上手に引き戻すもの」という事を頭に置けばあぁなるほどとなるのですが、急性症状は早く治りやすく慢性症状は時間が掛かるという基本傾向以外に、患者さんの心身の状況によってゆっくり回復か即治癒かの違いが出てくるのでしょう。
posted by tamura at 19:58| Comment(0) | 精神・思想

治療師を目指したのは

 私は小さい頃から人の役に立つ人間になりたいと思ってきました。
以前は小学校の頃から大好きだった、電子工作やパソコンなどが元で生活に役立つ電気製品や、ソフトウェアなどを造りたいと思っていました。
しかし、大学(夜学)時代、念願のコンピューター関係の会社で働く機会があり、その時に大きく見方が変りました…

 今の世の中は欲(特に物欲)をどんどんかき立てて社会や経済が廻っている。これは私の目指す事とは違うなと感じだしました。
私の目指すのは、心の底から喜んでくれて、私もそれを見て嬉しくなる…お互いの心が暖かくなるような役立ち方だったのです。

 その当時は、(※今思えば車の事故の後遺症からか?)原因不明の体調不良になり通学どころか起き上がる事すら出来ない、ほぼ寝たきり状態になり死にかけていました。
その後、体調が完全に戻りきらないうちに、コンピュータ関連の会社に入ったのですが、大変情けないですが、過労とストレスの追い討ちでまた倒れてしまいました。これらの経験から健康の有難みを身に染みて感じました(;_;)

 人の幸せはそれぞれで、皆が皆違いますよね(^^;)
しかし、誰にでも共通すると思われる事に気付きました。それは…幸せになるには、まずはこの世に自身が生きていなければならない、という事。
生きているという事は、心と身体両方が活きている事だと思います。語弊があるやも知れませんが、言い換えれば健康であるということですね!
身体の健康・心の健康いろいろありますが、心身共に健康である事(^^)v

 自分の幸せは自分でつかむものですし、直接人を幸せにする事は出来ませんが、健康という幸せの源を助力をする治療師になろう!と思ったのです。


【1998年】当初に書いていた文に(※)にて現在の補足をつけました
posted by tamura at 19:55| Comment(0) | 精神・思想

2008年05月20日

東洋医療の特徴

 患者さんで自分の体調変化について感じてきて、自己管理を始められる方が増えてきました。そんんな中、東洋医療の特徴についても説明していた所、自分でも初心に返って考え直してみたい気になったので少し書いてみましょう(^^)

 はり・きゅうや按摩・指圧などの東洋医療は、東洋思想の根付いた土地から生まれ育まれてきたものなので、根底には大自然の動きは人にはどうしようもない摂理で、その大自然の一部である人も摂理に合わせて生活する事(調和)のが当然だという思想があると思います。

 そして診方ですが、例えで人を木で摸すと、様々な症状を枝葉の細かい部分とし、根本的な部分を根幹とすると、枝葉の症状(器質的な部分)を診るのはもちろん、木全体をみてどこがどう働いていないのか、また、木の周りの環境を考慮した上での機能的な部分を大切にしていると思います。
 簡単な例を挙げると、腰が痛む症状にしても、腰椎や腰の筋肉が痛んでいるなどはもとより、その人の生活習慣や周りの環境も考慮して、総合的にその人に出てきた腰の痛みとしてとらえます。治療も、傷んだ部分だけではなく、その人を総合的に診た上でこの辺に負担が掛かっているとか、今後予想されるリスクを軽減させる治療と共に、生活の仕方をアドバイスして自分を大切にしてもらう事も含めて治療だと考えられています。つまり養生ですね。

 病の成り立ちについては、人は欲を出し、自然な動きとは違う自分中心の動きをしてしまいがちです。例えば、食べる、遊ぶ、休む、働くなどが過ぎたり、また、周囲の環境(天候や生活環境など)の変化が激しいと、心身の不調を招き更に過ぎれば病に至るという考え方です。

 そういう考え方が根本的にある医療なので、はり・きゅうで治すというものではなく、不調を来している心身の働きをはり・きゅうで整えて、回復する手助けをする事が主体です。
私がこの道を志した要因の一つは、この様な思想を知った事もあったのですが、実際に臨床の場でいろいろな患者さんの様子を診ていると、まさに手助けの医療だと感じます。

 「たかが手助け」と思われる方もいるかも知れませんが、現代医療では手を出せなかったり、また改善させる事が出来なかった方も、鍼灸治療を始めて明らかに改善傾向に変化した方が沢山おられます。例えば内科的な事で挙げれば、幼い頃から血小板数が少なかった方が増えて来て、正常範囲と言われる中に入ってきたり、糖尿病の方で血糖値が上がりにくくなったり・・・「されど手助け」です。

 個人的にこのような事が起きるのは、東洋医療は器質的な部分だけに捕らわれず、能力的な全体的な部分を診ている点と、現代医療は人の能力を軽視もしくは無視して、薬や物理的な理によって矯正的な治療をしてきたが、東洋医療は人の心身の持つ能力を大切にし、それを手助けしようという理念の違いだと思います。

 私的感覚でまとめると「東洋医療は、人、そして人を取り巻く環境の全体像をみて、それらの変化から機能的な所見をとって対処する」という感じでしょうね(^^;難しいかな
簡単に砕くと「身体や心は人それぞれだし、生活環境だってそれぞれ。その人の個性に合った方法で治療し、アドバイスする」という事ですね(^^)
posted by tamura at 11:51| Comment(0) | 精神・思想